「金」の眼鏡で見た おカネの風景

短波放送でイランに流れる乱数表

 米軍とイスラエル軍は2月28日未明、8つの都市を含むイラン全土にミサイルや戦闘機からの爆撃を開始しました。攻撃は12時間で900回、つまり50秒ごとに繰り返され、とめどない破壊の津波が、イランを何度も襲いました。

 この空爆開始から数時間後、短波ラジオがイランで奇妙な放送を始めました。男性の声が、ペルシャ語で数字をつぎつぎと読み上げるだけです。ほどなく、放送は定期的になり、イラン時間の午前5時半と午後9時半の2回、それぞれ1時間半流れるようになりました。相変わらず、数字を読み上げるだけです。

 この放送を取材した英紙フィナンシャル・タイムズによると、米国の情報当局者は「イラン国内に送り込んだ諜報員と暗号で連絡を取り合うために、やむなく短波放送を使っている」と明らかにしました。

 暗号に使われるのは「乱数表」です。まったく法則性がない整数を羅列した表で、諜報員と監督官が同じ表を持ちます。短波ラジオで数字を伝えると、アルファベットと対応させたり、事前に取り決めた指令を伝えたりすることができます。単純ですが、解読はほぼ不可能です。

 短波放送が使われるのも、理由があります。3~30メガヘルツの短波は、上空の電離層や地面と反射を繰り返しながら、地球の反対側にも届きます。そのための出力はわずか数ワットですみます。

 現在はインターネットのほかに、衛星通信や海底ケーブルもあり、通信手段は多様化されました。しかし、戦争や自然災害、核危機などが起きれば、どれも使えなくなる恐れがあります。イランもすぐインターネットを遮断しました。短波放送は通信の途絶を防ぐ唯一の手段であり、だからKDDIは茨城県の八俣送信所を維持し、南米や南極にも届くように現在も短波放送を続けているのです。

イラン向けの放送が、どこから送信されているかは分かりません。短波の特性を考えると米国内からの可能性もあります。イラン側は妨害を試み、何度か雑音で聞こえにくくなりました。しかし、別の周波数に飛び移り、すぐ聞こえるようになりました。別の周波数も打ち合わせてあったのでしょう。受信器は数千円で買えます。持っている人が多いので、誰が聴いているかを突き止めることは困難です。

 この記事を読んで、私は「諜報の世界にまだ人間がかかわるHUMINT(ヒューミント)が残っているんだ」と、驚きました。米ソ冷戦の時代は、東西の情報機関が総力戦を繰り広げ、それを担ったのは諜報員や監督官らの「人間」でした。しかし、ソ連が崩壊し、米国の一極支配が始まると、諜報の主役は「技術」に替わりました。

 ネット上の交信や公開データを集めて分析するOSINT(Open Source Intelligennce)や、宇宙から撮影した衛星画像などを分析するIMINT(Imagery Intelligennce)などが中心になり、コンピューターの画面とにらめっこするのが諜報の仕事になりました。

 そうやって集められた情報をもとに作戦を立案するのも、いまや人間ではなく、人工知能(AI)の仕事です。イラン戦争では、パランティア社が開発を主導した「メイブン・スマート・システム」を採用し、AIで攻撃目標を設定できるようにしました。従来はさまざまな情報の統合処理に12時間かかっていたのが、1分に短縮されたそうです。

 しかし、このシステムはイラン南部のミナブ市にあった小学校を攻撃目標に設定し、しかも生存者を一人も残さないよう、40分後にとどめの爆撃をするよう指示しました。168人の児童と14人の教師が虐殺されました。

 それでもAIは反省も謝罪もしません。小学校を軍の施設と勘違いしたのは、古い衛星画像の修正をし忘れたからで、AIには問題がないとの結論になりました。トランプ氏は専用機内で記者団に質問され、「小学校を爆撃したのはイランだろう」とうそぶきました。

 どんな戦争もおぞましいことに変わりありませんが、諜報の主役が機械と人工知能(AI)に替わったイラン戦争では、おぞましさがさらに倍加したように感じてしまいます。イランの諜報に「人間」がもっとかかわっていたら、少しは違う結果になったかどうか。

 賢明な諸氏は「諜報も戦争の道具だから、変わりはしないよ」と言うでしょう。でも、天邪鬼の私は、短波ラジオの「乱数表」放送が続いてくれることを望んでしまいます。HUMINTをやっていると思えるから。そして潜入した諜報員がまだ見つからず、生きていると思えるから。(図と写真はKDDI、サイト管理人・清水建宇)

◆◆私は心臓に起因するさまざまな症状があるため、検査やクスリの処方を受けています。治療に専念するため、『一身二生倶楽部』を9月まで休みます。

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