「金」の眼鏡で見た おカネの風景

プラチナはなぜ金より安いのか

 「プラチナチケット」といえば、入手がきわめて難しい演奏会やスポーツイベントの入場券を意味します。「プラチナディスク」といえば、世界的に大ヒットした音楽アルバムのことです。日本のレコード業界では、10万枚以上のヒットが「ゴールド」、25万枚以上が「プラチナ」と認定されます。

 プラチナは金よりも貴重なものだというイメージは、さまざまな場面でつくられ、私たちはそのイメージを受け入れてきました。

 実際、プラチナは有史以来の総採掘量が7000トン未満にすぎません。金の総採掘量は21万トンと言われていますから、金の30分の1です。年間生産量もプラチナは200トンほどで、金の生産量の15分の1です。希少価値は金よりもはるかに高いのです。

Platinum bars background, 3D rendering

 それなのに、プラチナの価格はこの7年間ほど、1オンス(31.1g)=900~1200ドルのレンジに据え置かれ、金よりも安いままでした。金は2023年から急上昇したので、価格差は広がる一方です。この週末のプラチナ価格は少し上がったものの、金の3分の1弱のままです。

 なぜ、プラチナは希少価値が高いのに、金よりもはるかに価格が安いのでしょうか。下のグラフを見てください。2000年から今年までの25年間にわたるプラチナ価格と金価格の推移を表しています。青色がプラチナ、オレンジ色がきんの価格です。

 このグラフで分かるように、2015年ごろまではプラチナのほうが金より高かったのです。2000年あたりから自動車の排ガスによる環境汚染が問題になり、メーカーは一酸化炭素や窒素酸化物などの除去技術を競いました。最も有望なのはプラチナなどの白金族を触媒に使い、無害化することでした。このため、自動車業界のプラチナ需要が一気に高まったのです。

 しかし、供給は急に増やせません。世界各地で採掘される金や銀と違って、プラチナ鉱山は一部の国に偏っています。①南アフリカ(71%)、②ロシア(12%)、③ジンバブエ(10%)の3カ国だけで供給の93%を占めており、大半を占める南アフリカでは政治や通貨の不安があるために増産が容易でありません。

 供給に問題や制約があるため、自動車の排ガス浄化の需要が高まると、プラチナの価格は8年ほどで1オンス=400ドルから2000ドル余へ5倍に急上昇しました。この値動きは、プラチナがあくまでも産業向けの商品として取り引きされてきたことを示しています。

 転機は、世界中に金融危機をもたらした2008年の「リーマンショック」でした。不況が広がり、自動車産業の減産が始まると、プラチナの需要が落ち、買い占めていた投機筋は投げ売りに転じて、価格が急落しました。

 2度目の転機は、新型コロナウィルスの蔓延です。この時も経済活動が一気に収縮し、プラチナの需要が急減しました。おまけに主要産出国である南アフリカの通貨「ランド」が下落し、輸出に有利になったため、プラチナを増産するとの思惑が広がりました。その後、電気自動車へのシフトが始まると、排ガス浄化のためのプラチナへの関心は、どんどん下がってしまいました。

 つまり、プラチナは世界的な経済危機のたびに値下がりしてきたのです。でも金は逆です。もう一度、グラフを見てください。金はリーマンショックでも、コロナ禍でも上昇のピッチを上げました。経済危機だからこそ、無国籍で安全な「おカネ」である金への注目が高まり、価格を押し上げたのです。

 ウクライナ戦争で米欧がロシアの海外資産を凍結・没収する経済制裁をしたことで、米欧以外の中央銀行はいっせいに米国債などのドル資産を売って、金の現物調達に走りました。その結果、「安全なおカネ」である金の独歩高が続き、「商品」として取り引きされるプラチナとの価格差が広がったわけです。

 銀も現在は主に「商品」として取り引きされていますが、銀には人類の歴史とともに「おカネ」として使われてきた実績があります。しかし、プラチナは余りにも採掘量が少ないために、「おカネ」として利用されたことはありません。地上に保有されている金の価格総額は23兆1000億ドル、銀は3400億ドル、これに対してプラチナはわずか38億ドルと、銀の100分の1しかないのです。

 トランプ大統領が登場して、世界経済の混乱が続くなかで、銀も安全資産として投資対象になる動きがちらほら出てきました。しかし、プラチナは価格総額が余りにも小さいために、投資対象として扱う動きがまだ見られないようです。(写真はaleximx、グラフはMoney Metals、サイト管理人・清水建宇)

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