米国が台湾の李登輝総統の入国を許可
李登輝・台湾総統は母校の米国コーネル大学で講演するため訪米を計画していたが、米クリントン政権は1995年5月、入国を許可した。これに対して、中国の銭其琛副首相兼外相は5月23日、米国のロイ駐中国大使を呼び、「われわれは強く対応せざるを得ず、その責任は米国にある」と警告し、入国許可の取り消しを求めた。天安門事件後、関係改善を進めてきた米中関係が一気に冷え込む恐れが出てきた。
◆いま◆
翌1996年3月、初めての総統直接選挙が実施された。中国は台湾独立を推進するものと反発し、軍事演習でミサイルを発射した。米国は2隻の航空母艦を台湾海峡に派遣した。こうした緊張下で李登輝氏は54%の得票率で当選し、台湾史上初の民選総統として就任した。