石油危機より怖い食糧危機
チッソ、リン酸、カリ。農作物に欠かせない「肥料の3要素」です。家庭菜園を持っている人なら、だれもが知っています。しかし、肥料や肥料の原料の多くがペルシャ湾岸で生産され、ホルムズ海峡から世界に出荷されていることを知る人は少ないでしょう。
チッソ肥料の主成分はアンモニアです。大気中の窒素と、天然ガスから得た水素を高温高圧の下で結合させてつくります。ペルシャ湾岸は、水素の原料であると同時に、化学合成の熱源にもなる天然ガスを、世界で最も安く入手できるため、製造企業が集中しました。
カタールのQAFCOは世界最大のアンモニア輸出業者です。サウジアラビアのMa’adenは年産700万トンのリン酸を製造し、同規模の巨大工場が湾岸首長国連邦にもあります。イラン自体も世界有数の窒素肥料の輸出国です。
アンモニアを肥料にするには硫酸と化合させた「硫安」などにする必要があります。硫酸の原料は硫黄ですが、湾岸産油国では原油や天然ガスの「脱硫」工程で大量の硫黄が副産物として得られるので、これを肥料製造にも使います。こうした有利な条件があるので、世界の化学肥料の3分の1はペルシャ湾で生産されていると、UNCTAD(国連貿易開発会議)は見ています。
イラン戦争が起きたため、この化学肥料はペルシャ湾に閉じ込められました。ホルムズ海峡を通過した肥料の貨物船は1隻もありません。世界中で農作物のタネまきや植え付けが始まるこの時期に、化学肥料の3分の1が不足する事態になったのです。

「化学肥料が足りないのなら、有機農法でやればいい」という人がいるかもしれません。スリランカでは5年前、財政危機で政府が化学肥料を禁止した結果、農作物の収穫量が30~50%も激減し、コメを緊急輸入する事態になりました。主要穀物の場合、化学肥料を適切に与えることが不可欠なのです。
しかも、肥料を与える時期は、穀物によって定められています。米国のトウモロコシは4月中旬から作付けと施肥をし、チッソを必要とする成長期を支援します。オーストラリアでは輸出作物の小麦、大麦、ナタネのために4月から5月にかけて窒素肥料をまきます。
生育のどの段階で肥料を必要とするかは、それぞれの作物の遺伝子にプログラムされており、その時期を外すと、肥料を与えても効果はありません。トランプ氏がいくら怒鳴りちらしても、作物は自分のプログラムに従って、生長の営みをたんたんと続けるだけです。その肥料が効果を上げる時期は、もはや残りわずかになっているのです。
世界最大の硝酸アンモニア輸出国であるロシアは、4月21日まで輸出を禁止しました。また、世界最大のリン酸生産国である中国は、窒素カリ混合肥料とリン酸肥料の輸出を8月まで禁止しました。どちらも「自国内の需要を優先するため」と言っていますが、私は信じません。
敵対国の船はホルムズ海峡を通過させないというイランを、中国とロシアが側面から支援するためだと考えるほうが、理にかなっています。肥料ショックが世界に食糧ショックを引き起こし、石油ショックに劣らぬ衝撃を与えることを計算済みでしょう。

有名な英国の経済誌「エコノミスト」は4月4日発売の最新号で、トランプ氏と習近平氏を表紙に載せました。説明は「敵がミスを犯した時は、決して口を挟んではならない」。トランプ氏がミスを犯し、中国は黙ってトランプ氏の傷口を広げている、というのです。
実際、日本でもほとんどの食品は値上がりするでしょう。コメ以外の食糧を輸入に依存している日本は、円安によって輸入価格が割高になるので、家計の負担が大きくなります。しかも、買い物するたびに、値上がりを痛感せざるを得なくなります。
それでも、「世界に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」と、トランプ氏にべったり寄り添う高市首相に、多くの国民が拍手喝さいを続けるのだろうか。どうなんでしょうね。(写真は、EPN、エコノミスト誌、サイト管理人・清水建宇)
