銀は「ただいま品切れ中」
銀の価格は、長い間1オンス(約31g)=20ドル台を低迷していましたが、今年になって30ドル台に乗り、9月には40ドル台まで上昇しました。相場の用語で言うと、ようやく「動意づいた」わけです。
10月9日にはロンドンの現物市場で51.2ドルをつけ、節目の50ドルを突破しました。昨年末からの上昇率は77%と、金の55%高を上回る勢いです。とはいえ、金に比べるとはるかに安く、100gのインゴットは2万7000円程度。これなら年金生活の独居老人である私でも買うことができます。

金や銀の地金を買う場合、どの製造者がつくったかが重要です。ロンドン貴金属市場協会(LBMA)が認定したメーカーの製品で、その刻印があれば、「お墨付き」のインゴットとして世界中で通用します。認定外の企業がつくったインゴットはそうはいきません。
日本には6,7社の認定企業があるので、100gの銀塊を買えるかどうか調べてみました。すると、田中貴金属や三菱マテリアルなどの大手貴金属メーカーは、金だけを扱い、銀は販売していないのです。他の認定企業のウェブサイトを見たら、カタログの銀塊はすべて「SOLD OUT(売り切れ)」と表示されていたり、「品切れです」のお断りが書かれたりして、つまり買うことができません。

海外では、もっとすさまじい事態になっています。インドでは、ヒンドゥー教の最大のお祭りである「デイワリー」が、10月23日までの5日間催されました。祭りのあいだ、金や銀を贈り物に使う習わしで、貴金属店は毎年、商品を店に山積みにして準備します。しかし、ことしは祭りの前から銀が飛ぶように売れ、すぐ品切れになりました。
それでも買おうとする客が多いので、インドの貴金属業者は世界中から銀の現物を集めるため、ロンドンの公式価格にプレミアム分を上乗せして買い始めました。プレミアム分は当初、1オンス0.5ドル程度でしたが、現在は5ドルに跳ね上がっています。つまり、ロンドンで50ドルだとすれば、インドでは55ドルで取引されるわけです。
問題は、銀現物取引の中心であるロンドン市場でも銀が不足し、引っ張りだこになっていることです。ロンドン市場やシカゴ商品取引所などには、膨大な量の銀が保管されており、昨年末には計3万8500トンを超えました。銀の1年分の総供給量に匹敵します。ここから銀が市場に提供されるため、銀価格は低迷が続いていました。
ところが今年になって、銀取引が世界中で急に活発化しました。金が半年ほどで1000ドルも上昇したため、歴史的に「金価格の80分の1前後」とされていた銀が割安になり、投資家たちは銀の上昇余地が大きいと考えたからです。
とりわけ、「銀ETF(上場投資信託)」と呼ばれる金融商品に巨額の資金が流れ込みました。インドや中国などはもっぱら現物の金や銀が愛好され、紙の証書は不人気でしたが、インドでは最近になって銀ETFの人気が急上昇しました。人口14億人を超える世界最大の国で人気が急上昇すれば、銀ETFの需要はものすごい額になります。
銀ETFを発行する事業者は、ETFの額に見合う現物の銀を確保しなければならず、ロンドン市場などで銀を予約します。その結果、ロンドン市場などの銀在庫の多くが銀ETFに結び付けられ、市場に供給できなくなりました。加えて、銀が値下がりすると思い込んで先物市場で空売りしていた投機筋が、泣く泣く現物を引き取らねばならなくなり、かなりの量の銀が投機の後始末のために使われました。
その結果、倉庫に保管されていた銀現物のうち、市場に供給できる「浮動」在庫は4分の1以下に減ってしまったと、ブルームバーグ通信は報道しました。インドの資産運用企業の数社は、「銀が不足している」ことを理由に、新たな銀ETFを停止しました。
金、銀、石油などの商品市場では、先物価格が現物価格よりも高いのが普通です。先物が決済されるまで日数がかかり、その間の金利などが上乗せされるからです。ところがロンドン市場で現物の銀が不足したため、ニューヨークの先物市場より現物の価格が高くなる逆転現象が起きました。ニューヨークからロンドンへ銀を運ぶと、高く売れて利益が出ます。そこで、一部の機関投資家や大口投資家は、数十トンもの銀を船でロンドンに運ぶ計画だと報道されています。
銀の取引市場は小さいので、先物市場でETFなどの「紙の銀」を売り浴びせれば、価格をいくらか下げることは容易でしょう。しかし、銀現物の品不足を解決することは困難です。紙の証書やドル紙幣はいくらでも印刷できますが、現物の銀は印刷できないからです。(グラフは三菱マテリアル、写真は金精錬企業のHPから、サイト管理人・清水建宇)
