銀の謎④ 中央銀行が銀を買うとき・・
これまで書いてきたように、銀は人類の歴史の初めから、金と並んで「おカネ」の代表でした。しかし、地球上で最も電気と熱の伝導性が高いという特性を持つため、今ではもっぱら産業用の「商品」として取り引きされ、「おカネ」として扱われることは、ほぼ皆無でした。
米国ではドルが兌換紙幣だったころに、銀も準備資産として保有していましたが、1970年までにすべて売却しました。世界の中央銀行も、今は銀を保有していません。銀を産出する国の造幣局が、収集家向けにわずかな銀貨を鋳造する程度です。
ところが昨年10月、ロシアが銀の備蓄を始めることが明らかになりました。ロシアの独立系通信社インターファクスが「数年で約770億円を投じる計画」と報道したのです。日本の新聞やテレビは、このニュースを無視しましたが、世界の銀取引市場は注目し、銀価格はすぐ3%余も上がりました。

国家が銀を備蓄するということは、通貨の準備資産として保有することにつながります。ロシアと中国、インド、ブラジルなどが加わったBRICSは、米ドル支配からの脱却を目指し、新たな共通通貨や貿易の決済システムをつくろうとしてきました。その基盤として金が使われることは国際金融界の一致した観測でしたが、銀も使われるのではないか、という見方が広がりつつあります。
金と同じように、銀も発行主体を持たない「無国籍通貨」です。発行国の財政問題などのリスクはありません。数千年にわたって「おカネ」として機能してきた実績があります。欧米に属さない国々で進む「脱ドル化」で銀も注目されるのは、いわば当然と言えるでしょう。
問題は、銀の価格が安く、金よりもかさばるために、保管がたいへんだということです。しかし、政府や中央銀行は大きな保管庫をつくることができるので、公的保有の問題はありません。
「商品」としての需要に、「おカネ」としての需要が加われば、どうなるか。金市場の10分の1しかない銀市場に新たな資金が流入すれば、銀価格は大きく動く可能性があると、銀の専門家は見ています。
銀市場の波乱要因は、もう一つあります。「シルバー・スクイーズ」と呼ばれる米国の投資グループです。
2121年初め、米国の株式市場で大きな事件が起きました。ビデオゲームの小売り会社の株式に対して、いくつかのファンドが先物市場で空売りを仕掛けたところ、若い投資家たちがネットで「空売り派を締め上げよう」と現物株の買いを呼びかけ、一時は株価が18倍に上昇し、ファンド側は買戻しで巨額の損失をこうむったのです。
彼らは英国の伝説上の義賊ロビンフッドにちなんで「ロビンフッダー」と称しています。合言葉は「YOLO(You only live once)人生は一度しかないぞ」。ウォール街の連中と闘う戦士を気取っているのかもしれません。
この事件後しばらくして、ネットの同じ掲示板に「Silver Squeeze(シルバー・スクイーズ)というハッシュタグが登場しました。Squeezeは「絞り取る」「締め上げる」という意味です。銀市場も金と同じように先物市場での証紙の取り引きが中心で、膨大な「紙の銀」に対して「現物の銀」はわずかしかありません。もしも銀の現物が大量に買われて値上がりすれば、先物市場で空売りした投資家は買戻しで大損します。

Silver Squeezeは「銀の空売り派を締め上げよう」と呼びかける計画です。まだ動きは緩やかですが、すでにシンボルマークができており、準備は進んでいます。銀の価格が変動し始めたところで仕掛けるのでしょう。メディアが報道して注目されたり、何かのきっかけで賛同者が増えたりすれば、銀市場に波乱が起きるかもしれません。(写真はコラージュ、イラストはネット掲示板から、サイト管理人・清水建宇)