銀の謎① 銀はなぜ上がらないのか
銀は、金とならんで「貴重なもの」の代名詞です。オリンピックでは優勝者に金メダル、準優勝者には銀メダルが与えられます。将棋には金将と銀将があります。
人間の歴史において、銀はかなり長い間「主要なおカネ」でした。中国では清(シン)の時代から中華民国の時代にかけて銀が通貨として使われました。ヨーロッパでも、中世のフランク王国では銀が本位貨幣でした。米国でも最初の貨幣法では金と銀が法定通貨でした。
しかし、近年の値動きを比べると、金が3年間で2倍に上がったのに対して、銀は同じ期間に1.6倍しか上がっていません。金は何度も過去最高値を更新し、ニュースになりましたが、銀に関する報道もあまり見かけません。
なぜでしょうか。「銀の謎」を4回にわたって考えます。
まず、銀には「地球上でもっとも電気をよく伝える」性質があり、そのために膨大な産業向けの需要があります。これは、金が「おカネ=資産」として注目を集めているのに対し、銀は「産業向けの商品」として取り引きされる傾向が強いことを意味します。

第2次世界大戦の末期、米国では科学者たちが原子爆弾を製造するため、電磁コイルでウランを濃縮する技術に取り組んでいました。電導性の高い金属でコイルをつくれば効率よく濃縮できます。そこで科学者たちは米国財務省が外貨準備の資産として保有していた3億オンス(約93トン)の銀をひそかに借り、大型の装置で二つの原子爆弾の製造に成功しました。銀のおかげで早く完成した二つの原爆が、広島と長崎に投下されたのです。
戦前まで、銀の需要といえば、写真の感光材、歯科などの医療、水の浄化などが主なものでした。しかし、戦後は電気・電子工学が急速に発展し、コンピューター社会、ネット社会、デジタル化が一気に進んで、産業界の銀需要がうなぎ上りで増えました。
近年でいちばん目立つのは太陽光発電のパネルです。発電効率を高めるためにパネル1枚当たりペースト状にした約20gの銀が使われています。銀に代わる素材はありません。2015年には1600トンに満たなかった太陽光発電パネル向け需要は、昨年は7200トンに上りました。10年間で4.5倍という猛烈な増加です。しかも、これから主流となる高効率のN型パネルは、従来よりも多くの銀を必要とするので、今後も需要は増える一方です。

これに加えて、AI(人工知能)が普及段階に入り、学習に必要なデータセンターが世界中で建設され始めました。銀はサーバーに不可欠な金属です。地球温暖化の原因となるCO2を減らすため、自家用車だけでなくトラックやバス、建設機械、鉱山用車両の電動化も進んでいますが、これらの電池やモーターにも銀が使われています。
米国に本拠を置く「世界シルバー協会」の機関誌は昨年秋、銀の新しい用途を特集しました。カンザス大学などの研究者は、銀のナノ微粒子を混ぜた水溶液で、家畜に致命的な病気を広げる昆虫を根絶できることを発見しました。
北欧バルト海域の大学研究者は、パイプラインを腐食させる石油の硫黄成分を銀と銅の微粒子で除去する技術を完成させつつあります。中国の科学者は、銀の超微粒子を塗ると小さな損傷を自己修復することを発見し、実用化を急いでいます。
こうした産業向け需要が急増するだけでなく、宝飾品向けの需要がインドなどで増えています。人口14億を超える世界最大の国インドでは、貧しい庶民も金の宝飾品を持つことで知られていますが、金が値上がりしたため、銀に目を向けるようになりました。
インド政府の貿易統計によると、昨年1~6月の銀の輸入は4,554トンになり、前年同期の560トンから、いきなり8倍以上に急増しました。インド政府は、15%だった金と銀の輸入関税を半分以下の6%に引き下げ、国内価格を安くしたため、需要は今後も盛り上がると予想されています。
昨年の銀に対する需要は、産業と宝飾品だけで3万トンに達しました。金も電子機器向けなどに需要がありますが、300トンほどに過ぎません。銀の100分の1です。このように、銀の需要は伸びていますが、銀の供給も増えているのでしょうか。
じつは専用鉱山で生産される金と違って、銀は他の金属の副産物として製造されることが多く、供給にはさまざまな制約があります。それは次号で説明しましょう。(写真はScience、Noritake、サイト管理人・清水建宇)