金取引、ロンドンから上海へ
金の現物取引の中心は英国のロンドンです。金塊や金地金の売買がほぼ即時に決済され、引き渡されます。ここで扱われる金塊は、LBMA(ロンドン貴金属市場協会)が定めた純度や重さなどの規格に合格したものだけであり、安心して売買ができます。そして、この協会が公表する「LBMA Gold Price」が現物価格の世界的な指標となります。つまり、ロンドンが金現物の価格を決めているのです。
膨大な金の現物をスムーズに取り引きできるように、ロンドンのイングランド銀行はいくつもの金保管庫を持ち、計5000トンの金塊を保管しています。ロンドン市場は、その保管と配送のノウハウを磨き、金取引の業者もロンドンに集まっています。
このロンドン市場が握る「金取引の覇権」に、手ごわい挑戦者が現れました。ブルームバーグ通信によると、中国の中央銀行である中国人民銀行は、いくつかの国に対して、金塊を準備資産として買い増し、それを傘下の上海黄取引所に預けるよう、働きかけを始めました。

上海を金取引の新たな中心地にするため、中国はインフラの整備に取り組んできました。その一つは、金保管庫の増強です。上海黄金取引所は、中国本土の上海や深圳に3つの保管庫を持っていますが、5月、香港にも巨大な金保管庫を新設すると公表しました。
香港が返還された後、中国政府が香港市民の反政府運動を弾圧し、強引な「本土化」を進めたことが報道されましたが、金融の世界では、香港は中国に対する独自性を失っていません。
香港は、宗主国だった英国のコモンロー(判決を積み重ねて法を形成する)に基づく法制度を持ち、香港金融管理局と証券先物委員会という評価の高い機関が監督しています。そのおかげで、数百の銀行、ファンドなどが軒を連ね、ことし3月の国際金融センターランキングで、ニューヨークとロンドンに次ぐ世界第3位になりました。

香港への金の輸出入には関税がかかりません。長い歴史を持つ「中国金銀取引所」があり、世界的な保安企業が持つ倉庫や、貴金属専門の物流業者も集積しています。中国本土の中央銀行の子会社である上海黄金取引所が、この香港に金保管庫を新設するのは、各国の中央銀行や世界の投資家の不安を取り除くためでしょう。「香港なら安心だ」と思ってもらえます。
中国の金鉱山企業は、世界の有力な金産出国に進出してきました。例えば世界で8番目、アフリカでは1位の金産出国であるガーナは、多くの金鉱山が中国から出資や融資を受け、強い影響下にあります。「上海に金を預けてほしい」とささやくだけで、逆らうことが難しい強いメッセージになります。
同じように、中国は2017年からアジア、中近東、欧州を結ぶ「一帯一路」政策で、多くの国に資金を貸し付けており、返済に苦しんでいる国は少なくありません。そうした国々が「上海での金取引を増やてほしい」と言われ、応じる可能性もあります。香港という「アメ」だけでなく、カネを貸しているという「ムチ」を振るうことができます。
9月半ば、中国は海外展開の中核拠点としてサウジアラビアに上海黄金取引所の金保管庫を新設する、と報道され、金取引の関係者に大きな衝撃を与えました。この報道でロンドン現物市場のスポット金価格が一時的に1.2%も上昇したほどです。
中国はサウジアラビアから大量の石油を輸入しており、サウジの輸出額は580億ドル(約8兆5000億円)にのぼります。そのうち300億ドルは人民元で決済されており、サウジアラビアに金保管庫ができれば、それを金に替えやすくなるでしょう。
また、金のワラント(購入予約権)をデジタル化して担保に使うシステムなども計画しているそうです。私はよく理解できませんが、金取引のレベルが高度化されるのでしょう。
金取引の中心を、ロンドンから上海に移す計画の核心は、それによって「人民元」の国際化を進めることです。すなわち「脱ドル」です。米国の弱点を狙い撃ちにするわけです。トランプ氏の「関税戦争」で世界中が大騒ぎしていますが、中国の金戦略は目立たず、ほとんど報道されません。でも、こちらのほうが怖いなと思います。(写真はBullionstar、エアトリ、サイト管理人・清水建宇)