金は「ハード」だから価値がある
金についての欧米の記事を見ると、「金はハードだから価値がある」という表現にぶつかります。ここでいう「ハード」は「硬い」という意味ではありません。
金は金属の中でも、むしろ柔らかさに特徴があります。オリンピックで金メダルを獲得した選手がメダルを噛むシーンがよく見られますが、歯型がつくほど柔らかければ間違いなく「金」だと実感できるからです。
「ダイ・ハード」という映画を見た人は大勢いるでしょう。死と隣り合わせの危険を何度もくぐり抜け、たった独りで犯罪組織に立ち向かう刑事を「なかなか死なない奴」と呼んで、映画のタイトルにしました。「金がハード」も「なかなか造れない」という意味です。

古代のエジプトでは、金よりも銀のほうが「ハード」だと考えられていました。金は自然界に砂金や小さな塊として露出し、溶かしてさまざまな形にすることもできます。しかし、銀は他の金属との合金であることが多く、純粋な銀を取り出すことは困難だったのです。
このため、古代では銀が金の2.5倍の価値があるとされました。中世のヨーロッパでも銀の方が貴重だとされ、なんと金に銀メッキを施すこともあったといいます。
アルミニウムは、今でこそありふれた金属ですが、1855年のパリ万国博覧会で「世にもまれな新しい金属」として出品され、当時のフランス皇帝であるナポレオン3世を魅了しました。当時はアルミニウムの精錬技術がなく、1カ月に数百グラムをつくるのがやっと。「もっともハードな金属」であり、価格も金の2倍近くしました。
ナポレオン3世は、アルミニウム製のナイフやフォークを造らせ、晩さん会で最も高貴な客だけに出しました。一般の客は金や銀の食器で我慢させられました。宝石をちりばめた王冠、兜、扇などもつくり、国宝としました。

しかし、パリ万国博から30年後、酸化アルミニウムを溶かして電気分解する技術が発明され、それから10年でアルミニウムは「最も安価な金属のひとつ」になってしまいました。日本の「1円硬貨」は1955年に製造を開始しましたが、ご存じのようにアルミニウム製です。
人類の歴史の中で、金は「もっともハードな貴金属」の座を何度か奪われましたが、20世紀に入ってからは、その座を確立し、本位貨幣として使われるようになりました。
1971年8月15日、ニクソン米大統領はドル紙幣と金の兌換を停止し、ドルは金の裏付けのない紙切れになりました。日本の「円」を含めて世界各国のおカネは、ドルとの交換比率によって、間接的に金とつながっていましたが、ニクソンショック後は、糸の切れた凧になってしまいました。
金との関係を断ち切られた貨幣は、まったく「ハード」ではありません。印刷機を回せばいくらでも簡単に紙幣をつくれます。それどころか、現金として使われる紙幣は一部に過ぎず、財政や金融の中で流通するおカネの多くはコンピューター内の「数字」にすぎません。
キーボードをたたき、マウスをクリックするだけで瞬時に巨額のおカネを生み出すことができるので「クリックマネー」とも呼ばれています。そんな安直なものが「おカネ」として使われているのは、法律で納税や決済などに使うよう定められていることと、人びとが発行体である国を信用しているからです。
しかし、2022年にロシアがウクライナに侵攻し、欧米はロシアに経済制裁を課すため、欧米に預けられていたロシアのドル資産を凍結しました。これを見た世界の中央銀行はドル資産を保有することのリスクに気づき、米国債を売って、金を大量に購入し始めました。アジアを中心に、多くの国で人びとも金を求めるようになりました。
それは「もっともハードでない」法定通貨を避け、「ハード」な金に乗り換えようとしている、と見ることもできます。その動きは、まだ始まったばかりです。(ポスターは20世紀フォックス、写真はスミソニアン博物館、サイト管理人・清水建宇)
