米中経済戦争、それぞれの武器
トランプ大統領が仕掛けた関税紛争は、先週、さらに拡大し、「米国と中国」という対立の構図が、ますますはっきりしてきました。関税紛争というよりも、経済の勢力圏を奪い合う「米中経済戦争」の色合いが強まっています。「新たな冷戦の始まり」という論評も出始めました。

最近の経過を振り返ってみましょう。4月9日、米国は中国の製品に145%の関税を課しました。2日後、中国は米国の製品への関税を125%に引き上げると発表しました。この発表に際して、中国は「米国が関税ゲームを続けても、われわれは単に無視する」「米国がさらに関税を上げても、経済的に無意味であり、笑いものになるだろう」と述べました。
4月15日、この発言に挑戦するかのように、米国の大統領府は「中国からの輸入品に最大245%の関税が課される可能性がある」という声明文を発表しました。一気に2倍近く上げることになります。時期も条件も明記されていませんが、「次のラウンドはここから始める」という予告なのでしょう。
収束や解決に向かうどころか、深刻化するばかりで、先行きが心配になります。それにしても、なぜ米国はエスカレートを急ぐのか。なぜ中国は強硬な態度を続けるのか。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は「トランプ政権は関税を使って米国の貿易相手国を中国から切り離そうとしている」と書きました。世界中に関税をかけた結果、いま日本を含めて70か国以上が「米国との交渉」を求めています。この交渉で、米国は各国に対し、①中国製品を米国に迂回輸出する抜け穴をふさぐ、②中国企業が関税を回避するために資本進出することを認めない、③中国の製品を輸入しない、ことを求める方針だというのです。
つまり、各国に「米国を選ぶか、中国を選ぶか」と迫り、中国を世界経済のなかで孤立させようという大きな戦略を描いているわけです。一方の中国も国家戦略である「一体一路」にアジア、アフリカ、中南米、欧州などからすでに150か国余が参加しており、この戦略をあきらめるはずがありません。
習近平主席は急きょ、4月14日からベトナム、マレーシア、カンボジアを歴訪しました。中国外務省は自分の陣営に加わってもらうために、各国との交渉を精力的に進めています。
では、米国と中国は、どんな「武器」で戦おうとしているのでしょうか。
昨年、米国は中国から約5250億ドルの産品を輸入しました。多いのは、①スマホなど、②ノートパソコンなど、③小口貨物、④蓄電池、の順です。一方の中国は米国から約1640億ドルの産品を輸入しました。①石油ガス、②大豆、③集積回路、④自動車、などです。
小口貨物にはさまざまな生活雑貨が含まれ、145%もの関税がかかることが判明すると、AMAZONなどの小売り業者が一斉に注文をキャンセルしました。中国の製造業者はパニックに陥り、輸送中のコンテナを放棄して海運業者に譲渡する業者が相次ぎました。生活雑貨の製造企業は2000万人近くを雇用しており、トランプ関税は企業と勤労者を直撃しました。
しかし、スマホやパソコン、蓄電池は、米国で生産することも、他の国から輸入することもできないため、米国はこれらに対しては国別の「相互関税」から「分野別関税」に移すと発表し、軌道修正しました。中国政府は「誤りを正す小さな一歩だ」と述べました。
じつは、金額は小さいものの、中国にとって「必殺の武器」と言える輸出品目があります。それはネオジム、サマリウムなどの希土類です。これらを含む合金でつくられた希土類磁石はきわめて高い磁気特性を持ち、民生用のハイテク製品だけでなく、軍用ドローン、ミサイル、戦闘機などに欠かせません。米国が輸入する47種類の希土類のうち25種は、中国が唯一あるいは最大の供給国です。
トランプ氏は4月15日、希土類の供給遮断が安全保障に与えるリスクを調査する大統領令にあわてて署名しました。このあたり、事前の準備不足が感じられます。
輸出入以外にも中国の「武器」があります。それは米国債です。中国は日本に次いで世界第2位となる1兆1000億ドルを保有しています。米国債は、世界でもっとも多く取り引きされる安全な債券とされ、世界中の中央銀行が準備資産の柱に据えてきました。米国債が安定しているからこそ、ドルは世界の基軸通貨の座に君臨してきました。
その米国債の価格が、関税紛争の勃発とともに下がり始め、長期金利が上昇したのです。
トランプ氏は、4月9日午後1時に「相互関税」が発動した直後、「関税を90日間停止する」と声明を出して、急ブレーキを踏みました。米国債の値下がり(=長期金利の上昇)を心配した財務長官が、関税の一時停止を働きかけたと言われています。

上のグラフを見てください。指標となる10年物国債の金利は、関税宣言後まもない4月4日は4.0%でしたが、じりじり上がって、9日には4.4%をつけ、その後も高止まりしています。長期金利が数日間でこれほど上昇するのは、めったにないことです。
米国債市場では、「中国が売り浴びせたのではないか」という声が上がりました。現在は、中国ではなくて機関投資家が売ったらしい、という見方が広がっています。しかし、関税紛争が深刻化したときに中国が保有国債を売るかもしれない、という不安は、消えていません。中国が保有する米国債は、経済戦争において「核兵器」のような武器になると言われます。
米中経済戦争の一日も早い収束を願うしかありません。(写真はAP、グラフはロイター、サイト管理人・清水建宇)
素晴らしいご考察です。大変、勉強になりました。ありがとうございます。