最低賃金は60年で13倍になったけれど
前回は古代と中世の銀貨の話を書きましたが、今日は現代の銀貨の話です。
1964年の米国の最低賃金は1ドル25セントでした。つまり、米国の勤労者は1時間につき、少なくとも1.25ドルを得ていました。60年後の今、米国の「連邦最低賃金」は時給で7.25ドルです。この数字は16年間据え置かれていて、あまり意味のない数字と言っていいでしょう。
実際に勤労者の賃金の下限となっているのは、州や大都市ごとに独自に決められている最低賃金です。大都市は高めで、ニューヨーク市は時給16.5ドル(約2550円)です。業種によって決められている場合もあり、カリフォルニア州のファストフードで働くと、もっと高い金額になります。
ここまで読んで、「米国の最低賃金は、60年で13倍になったのか」と思われたなら、ちょっと待ってください。賃金を比較するには、それぞれの「おカネ」にどれほど価値があるのかを調べる必要があります。
Money Metalsのマイク・マハリー氏は次のような「思考実験」を提案しています。1964年の勤労者が1.25ドルの時給を、当時の25セント硬貨5枚で受け取ったとします。この硬貨は「クォーター(4分の1)」と呼ばれ、90%の銀と10%の銅でつくられていました。

この5枚の25セント硬貨を溶かすと、現在の価値は34.5ドルになります。つまり、今の大都市の最低賃金と比べると2倍以上にあたります。逆に言うと、今の最低賃金の価値は60年前の半分以下ということになります。
購買力で比較しても、昔の方がたくさん買えました。1964年、マックのチーズバーガーは1個19セントでした。当時の1時間の時給で6.5個買えたわけです。現在の米国で、マックのチーズバーガーは2.99ドルです。1時間働いても5.5個しか買えません。つまり「最低賃金が60年で13倍になった」は、見せかけにすぎないのです。

では、今も賃金を25セント硬貨で受け取れば損をしないで済むのか。残念ながら、そうはいきません。1965年、ジョンソン大統領が貨幣法に署名し、25セント硬貨や50セント硬貨から銀を完全に除いてしまったからです。新しい硬貨は、銅に8%のニッケルを加えた合金の「白銅」になりました。鋳つぶしても、ほとんど価値はありません。
マハリー氏は、もう一つの「思考実験」を提案しています。米国のある勤労者が1955年から64年までの10年間、最低賃金で週5日、8時間働き、給料の2割を25セント硬貨で貯めたとしましょう。彼は計5000ドル分、2万枚の硬貨を持つことになります。それを子どもたち、そして孫たちが相続すると、今や13万8000ドル(2140万円)の価値です。10年間の貯蓄としては、たいしたものです。
硬貨から銀を取り除いたジョンソン大統領は、「金属を変えても貨幣価値には影響がありません」と言いました。ついでに言うと、6年後の1971年にドルと金の兌換を停止し、金と切り離したニクソン大統領も「皆さんのドルの価値は同じです」と言いました。二人ともウソをついたのです。
まあ、日本の小判も、江戸時代に「元禄」「正徳」「元文」「文政」「天保」などと改鋳を繰り返し、そのたびに金の含有量が下がりましたが、幕府はシレっとしていました。おカネの価値を下げる改鋳は、ローマ帝国からの伝統ですから、為政者は罪悪感など感じないのでしょう。私たちはだまされないように、気を付けねばなりません。(写真はWikipedia、ポスターはMcDONALD’S. サイト管理人・清水建宇)
