「金」の眼鏡で見た おカネの風景

トルコでは「枕の下」に巨額の金塊

 トルコ中央銀行は先ごろ、とても興味深いデータを発表しました。今年3月末の時点で中央銀行が保有する金は865億ドル相当ですが、国民が持っている「枕の下」の金は、その3.6倍もある、というのです。

 下のグラフを見てください。右端は銀行に預けられた金の残高で463億ドル、真ん中が中央銀行が保有する準備資産で865億ドル、そして左の赤色が「Under the pillow gold(枕の下の金)」で3110億ドルです。おおざっぱに重さで言うと「枕の下の金」が2300トン、中央銀行が640トン、銀行預けが340トンになる計算です。なぜ、こんなことになったのか。

 もともとトルコの人たちはネックレスや腕輪など金の宝飾品が好きでした。オスマン帝国からの伝統であり、首都イスタンブールのバザールには貴金属店が軒を連ねています。世界金評議会(WGC)によると、人口8500万人のトルコの金宝飾品市場は、人口が10億人を超える中国やインドなどに次いで、世界第4位の規模です。

 ところが2020年以降、国民の金需要に大きな変化が起きました。宝飾品の比率が下がり、金塊や金貨の需要が何倍にも急増したのです。身を飾るためよりも、資産を守るための投資として、金そのものを求めるようになりました。

 通貨のトルコ・リラが急落し、物価が急騰しました。2022年には年間の物価上昇率が70%を超えました。通貨安を止め、物価上昇を抑えるために、中央銀行が政策金利を上げるのが常識ですが、エルドアン政権は逆に「利下げをせよ」と中央銀行に迫りました。抵抗する総裁は首をすげ替え、2年余りの間に3人の総裁を任命しました。

 世界中が予想した通り、トルコリラはさらに下落を続け、物価の上昇率は高いまま、トルコ経済は落ち込んでいきました。トルコの国民が金投資に向かったのは、通貨下落と物価高騰から自分たちの生活を守るためです。金は利息を生みませんが、物価が急騰しているとき、わずかの利息は気休めにもなりません。「枕の下」の金は、政府が把握できず、課税もされない、究極の「貯蓄の避難場所」なのです。

 トルコ政府は「枕の下」から金を引き出すために努力を続けてきました。18万5000リラ(約65万円)以上の金購入に身分証の提示を求め、ことし3月には銀行での金取引に0.2%の取引税を課すことを決めました。金ブームにブレーキをかけるためです。しかし、国民をヤミの流通ルートに追いやるだけの結果に終わったと、現地メディアは報じています。

 国民経済の観点から考えると、これほど巨額の金が「枕の下」にあることには大きな問題があります。今年1~3月のトルコの経常収支は203億ドルの赤字になり、前年同期の1.4倍に膨らみましたが、そのうち63億ドルは金の輸入によるものでした。しかし、大半が「枕の下」に消えてしまうため、輸入に使われたマネーはトルコの金融システムを素通りし、経済効果をもたらしません。低迷が続くだけです。

 国民が、政府の経済政策を信用せず、自国通貨を信頼しなくなれば、その国の経済は袋小路に入り込んで、抜け出すのが容易でなくなる。トルコで増え続ける「枕の下の金」は、そういうことを告げているのかもしれません。(図はTurkie Today、写真はArab News、サイト管理人・清水建宇)

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