インドは国民の銀購入を加速させる
インドは14億6000万人もの人びとが暮らす世界一の人口大国です。この国では、古くから金を貴重なものとする考えが、生活習慣や儀式に深く織り込まれてきました。裕福な人たちだけではありません。調査によると、所得の下位10%に属する最貧層でも、75%以上が金を持っています。インド全体では、全世帯の87%が金の保有者です。
中間層や貧困層の人びとにとって、金はイザというときの命綱です。蓄えが底をつくと、手持ちの金を金融業者に預けておカネに変え、食いつなぎます。新型コロナウイルスがまん延した時期に銀行が融資の条件を厳しくしたため、裕福な人びとも金で生活費を調達しました。
インドの人口の63%は、農村部に住んでいます。国立農業農村開発銀行の最新調査によると、農村部の世帯の1カ月の剰余金は平均2000ルピー(約3500円)程度で、生活費をやりくりするため、借り入れと返済を繰り返さざるを得ません。こうした小口金融は、金を担保とすることで成り立っており、だから貧困層もわずかとはいえ金を保有するのです。
融資の担保にできる貴金属は、法律上、これまで金に限られていました。しかし、インド政府はこの秋、法律を改正し、銀も担保として認めました。言い換えると、銀を「貨幣金属」としたわけです。来年4月から施行され、国民は銀行やノンバンクの金融機関などに銀を預けて融資を受けられるようになります。

金は高価でなかなか買えませんが、銀は貧しい人たちも手が届きます。今週末の価格は、金が1g=2万3937円に対し、銀は1g=365円で、70分の1でした(田中貴金属調べ)。10gで約2000ルピーですから、月々のやりくりにも使えるでしょう。
「銀担保」が法で認められていなくても、銀でおカネを貸す業者はたくさんあり、ヤミの銀融資は広く行われてきました。ただし、銀に対する融資比率は業者や地域で異なることが多く、借り手が不利になることもありました。「銀担保」が合法化すると、銀の融資比率が定められ、公式な取引になります。利用者は一気に増えると見られています。
インド政府はさらに関連法規を改正して、年金基金が金と銀のETF(上場投資信託)に投資することを許可しました。中国政府は今年初め、保険会社が資産の1%まで金を購入することを認めましたが、インドは一歩踏み込んで銀への投資も許可したわけです。
新しい規制の下では。公的な年金基金による「金・銀ETF」投資は運用総資産額の1%までとされていますが、民間の年金プログラムでは5%まで組み込むことが可能になります。ブルームバーグ通信は、この解禁によって、最大17億ドル(約2600億円)の金銀需要が新たに加わると試算しています。
14億人が公式の銀融資に向けて需要を高めるうえ、年金の資産組み込みでも需要が増えるわけです、世界の銀取引に及ぼす影響もきわめて大きなものになるでしょう。しかし、問題が2つあります。
ひとつは、現物の銀が足りないことです。銀はすべての金属の中で最もよく電気を通すため、太陽光発電パネルやエレクトロニクスなどの産業用需要が増え続け、2010年ごろから鉱山の産出量を上回り、供給不足が続いてきました。ロンドンなどの銀取引所の在庫を取り崩してしのいで来ましたが、その在庫も底をつきつつあります。
そこで近年、中国・上海の先物取引所の倉庫が注目され、中国からロンドンへの輸出が増えていましたが、その上海の在庫も不足し始めました。下のグラフは上海取引所の在庫の動きです。余裕が乏しくなっていることが分かります。

ふたつ目の問題は、人工知能(AI)が騒がれ、世界中でデータセンター建設がブームになっていることです。ここでも伝導率が最高の銀が求められており、米トランプ政権は「経済安全保障」を理由に、銀を重要鉱物リストに追加指定しました。他の国々が黙っているとは思えません。水面下で銀の奪い合いが起きる恐れがあります。
供給が需要に追いつけなければ、価格はさらに上がるでしょう。初歩の経済学が教えているように。(写真はYou Tube、グラフはGoldFix、サイト管理人・清水建宇)
