「金」の眼鏡で見た おカネの風景

イタリアは断固として我が道を行く

 イタリアについて、どんなイメージを持っていますか? 陽気な人びと、おいしい料理、だけど経済は停滞して、パッとしない――。まあ、そんなところでしょうね。しかし、世界の中央銀行の金保有ランキングで、イタリアは米国、ドイツに次いで第3位です。保有量は2455トン。経済の規模がはるかに大きい日本と比べると、ほぼ3倍です。

 マリオ・ドラギ氏が2011年に欧州中央銀行総裁に就任した時、記者団から「金(きん)の役割をどう思いますか」と質問されました。ドラギ氏は「キミ、私はイタリア中央銀行の総裁だったんだよ」と答えて立ち去りました。「世界第で3番目にたくさんの金塊を保有しているんだぞ、価値を認めているに決まってるじゃないか」と言いたかったのでしょう。

 そのイタリアは今年11月、立て続けに金に関する重要な政策を明らかにし、国際金融の専門家を驚かせました。

 一つは、イタリア中央銀行が準備資産として管理・保管している金塊について、「イタリア国民を代表して国家に属する」と法案に明記し、国家所有とする方針を打ち出したことです。欧州連合(EU)の加盟国は、「ユーロ」を共通通貨とし、欧州中央銀行(ECB)の金融政策に従っています。予算を作成し執行する財政は、加盟国がそれぞれ担いますが、金融政策はECBに一本化しています。そして「中央銀行の独立」は大原則です。

 それなのに、イタリアは、準備資産の金塊を中央銀行ではなく、「国家のもの」としたので、欧州中央銀行はびっくりしました。すぐさま「イタリアの国家所有は、中央銀行の独立を損なうものだ」と正式に異議申し立てをしました。前代未聞のことです。

 これに対して、イタリアのメローニ首相は「イタリアの金はイタリアのものであり、ヨーロッパのものではありません」と反論しました。国有化は、連立政権の全党派が賛成しており、このまま法制化されそうです。金塊がイタリアの国家所有となれば、欧州中央銀行を中心とするEUの金融システムにヒビが入るかもしれません。

 二つ目は、国民が保有する金貨や金塊などで、購入記録がないものを申告させる奨励策を決めたことです。申告した人には価格の12.5%を課税することとし、その税収入を来年度の国家予算に盛り込みました。

 申告させておいて、税金を課すのはひどいじゃないかと思われるでしょうか、現行制度では購入記録がなくて取得原価が分からない場合、26%の税金を課されます。「自主的に申告すれば、半分以下の12.5%の課税で済みますよ。おトクですよ」と促す政策なのです。

 ご参考までに、日本ではどうなっているか。あなたが先祖代々受け継いだ100gの金塊を持っていて、それを売ったとしましょう。先週末の店頭買い取り価格は1g=2万3390円だったので、あなたは233万9000円を受け取ります。しかし、税務署の指導で、業者が200万円を超える買い取りをした場合は、売った人の情報を税務署に通知する義務があります。

 税務署は、この通知を見て、あなたに課税します。あなたが金塊の取得価格を証明する領収証や売買契約書、取引証明書などを持っていなければ、税務署は一方的に「売却価格の5%=11万7000円」を取得価格と見なし、残りの95%=222万2000円をあなたの所得とみなして課税するのです。95%が所得とは!! 呆れてしまいます。

 2度の世界大戦で焼け野原になった大陸ヨーロッパでは、金貨や金塊をこっそり隠し、子々孫々に伝えてきた家がたくさんあります。そういう金貨や金塊の領収証などが残っている例は、ほとんどないでしょう。だから、イタリア政府は「いま自主申告するとおトクですよ」と国民に呼びかけようとしているわけです。

 イタリア国民が保有している金貨、金塊、金の宝飾品は総量で5000トンにのぼると推計されています。中央銀行の準備資産の2455トンを合わせると、ざっと7500トン。それを国家の所有もしくは国家が所有者を把握して、国の管理下に置こうとしています。

 私の疑問――イタリアは、欧州中央銀行を怒らせ、国民に困惑をもたらしてまで、どうして金の国家管理を急ぐのだろう。ひょっとしたら、紙切れに過ぎないユーロ、ドル、円などの法定通貨が信頼されなくなり、世界経済が大混乱に陥ることを警戒しているのではないか。そうなったら、ヨーロッパがどうなろうと、自分の国が生き延びることを最優先しなければならないと覚悟しているのではないか。私の妄想に過ぎませんが。

 最後に、日本で100gの金塊を持っている方々に、簡単な税務署対策を記します。金塊を50gずつに分割すればいいのです。そうすれば1回の売却代金は117万円となり、買い取り業者は税務署への通知義務を免れます。分割してくれる企業がかなり増えてきました。中国には「上に政策あれば、下には対策あり」ということわざがあるそうです。(写真はThe Bank of Italy、サイト管理人・清水建宇) 

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