イスラムの銀貨が北欧にも
今から1200年以上も前のことです。アラビアの地に興ったイスラム帝国は、またくまに広がり、東はペルシャ(今のイラン)、西は北アフリカからイベリア半島まで征服しました。スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿は、当時のイスラム帝国が、きわめて高い文化を持っていたことを示しています。
地図を見てください。イスラム帝国の支配圏は、最盛期でもスペインの南部まででした。ところが、ヨーロッパの最北部のスウェーデンで、アラビア語の銘文が刻まれた大量の銀貨が発見されたのです。19世紀半ばに、農民が畑から掘り出し、銘文から、イスラム帝国が鋳造した「ディルハム銀貨」と判明しました。

スウェーデンの考古学者のルンドクヴィスト氏が昨年発表した論文によると、25人の作業員に金属探知機を持たせて農地を調べさせると、毎日、数枚のディルハム銀貨が見つかりました。つまり、イスラム帝国の硬貨は、おカネとして広く流通していたわけです。

北欧の狩猟者たちは、毛皮やトナカイの角などをイスラムの商人と交易していました。受け取った銀貨は、そのまま北欧でのさまざまな取引に使われたようです。見つかった銀貨の中には、一部が切り取られたものがありました。取引価格の端数を支払うため、切り取った銀を「おつり」として渡したとみられています。
歴史家は、世界のどこでも通用するこの銀貨の魅力が、北欧の若者たちに富を求めて海外をめざす動機になったと考えています。つまりイスラムの銀貨が、北の海を支配したバイキングを産んだわけです。
今年の10月、今度はストックホルム郊外で釣りの餌にするミミズをとっていた漁民が、銅製の大きな甕(かめ)を見つけました。その中には2万枚の銀貨が入っていました。重さにして約6kg。スウェーデン政府は「国内で発見された過去最高の宝物」と発表しました。

銀貨に刻まれた銘文によると、12世紀後半にスウェーデンを統治したクヌート・エリクソン王の時代に鋳造されたものです。つまり、イスラム帝国がもたらした銀貨は、400年後の中世の北欧でも「おカネ」として広く使われていたことを示しています。
現代の法定通貨であるドルや円は、それ自体には何の価値もなく、法律によって支払い手段と定められ、発行体である国家への信頼に基づいて流通しています。しかし、金貨や銀貨は、そうではありません。鋳造したのがイスラムの王朝であれ、キリスト教国家の王様であれ、関係なく使われました。「金貨や銀貨には国籍がない」のです。そして1000年経っても、鋳直して塊にすれば、価値は変わりません。
ちょっと想像してみました。子孫のために大きな銅製のカメに1万円札をぎっしり入れて、畑に埋めたら、1000年後にどうなるでしょうか。(写真はScience Norway、地図は「グシャの世界史探求」から、サイト管理人・清水建宇)
