「黒い金」原油価格の迷路
原油は「黒い金(Blacck Gold)」と呼ばれます。世界を動かすエネルギー源であり、現代の生活に欠かせないガソリンなどの燃料、プラスチックなどの化成品がつくられ、莫大な価値があります。「金」に例えられるのは当然でしょう。
トランプ政権は、ベネズエラを急襲してマドゥロ大統領夫妻を米国に連行した後、「ベネズエラと米国で世界の埋蔵量の55%を支配する」と宣言しました。狙いは明らかに「黒い金」原油です。
米国はすでに世界一の産油国です。石油や天然ガスを含んでいる「頁岩(シェール)層」を地下の深いところで水平に掘削し、水と砂を高圧で注入して亀裂を入れる技術が進み、2010年ごろから石油とガスの生産が急増しました。「シェール革命」と呼ばれます。今では国内需要をまかなうだけでなく、輸出もしています。
自国で使い切れないほどの石油資源があるのに、なぜベネズエラの原油を、しかもドロドロで流れにくい重質油を強奪するのか。その理由は、原油からガソリンなどをつくる米国の製油所が、シェール革命の前につくられたため、粘度の高い原油でないと効率よく稼働しないことです。
シェール原油は揮発成分が多い軽質油なので、これまでベネズエラの重質油を混ぜて精製してきました。2019年にベネズエラに経済制裁した後はロシアから重質油を輸入し、ウクライナ侵攻でロシアに経済制裁した後は、またベネズエラから輸入しました。山本隆三・常葉大名誉教授が作成した下のグラフを見てください。

米国の製油所が効率よく稼働すれば、ガソリンの価格が下がります。ガソリンの価格は、ほとんどの米国民にとって、きわめて高い関心事です。今年11月の中間選挙で、下院議員の全員と上院議員の3分の1が有権者の審判を受けますが、ベネズエラの原油を強奪して、ガソリンの値段を安くできれれば、トランプ氏が率いる共和党に追い風が吹くでしょう。
多くの世論調査が「中間選挙で下院は共和党が敗北する」と予測しています。中間選挙で敗北すれば、次の大統領選挙に出馬できない2期目のトランプ氏は、すぐレームダック(足の悪いアヒル)化します。下院を奪われると、トランプ氏が弾劾訴追される恐れも出てきます。ベネズエラの原油はトランプ氏の命運を握っていると言えるかもしれません。
ところが、トランプ氏は二つの壁にぶつかってしまいました。一つはベネズエラの油田の多くは老朽化がすさまじいことです。パイプは腐食して穴だらけ。メタンガスが噴き出し、掘削装置は放棄されたまま。近づくのも危険な油井が少なくありません。

マドゥロ大統領夫妻の拉致から1週間後、トランプ氏は大手の石油会社の幹部20人を集め、「1000億ドルを投資して原油を増産すれば大儲けできる」と演説しました。しかし、石油会社は冷ややかで、エクソンの幹部は「投資不可能だ」と言いました。
もう一つの壁は、トランプ氏の支持基盤でもある米国のシェール業界が悲鳴を上げていることです。ベネズエラの原油が増産されれば世界の石油価格は押し下げられますが、そうなると、今でもギリギリの採算で石油を採掘しているシェール企業は、赤字経営に陥ります。上場企業の株価は1週間で10%近く急落し、業者は「裏切られた」と叫びました。
1月中旬、シェール業者の1社が掘削を停止したと報道されました。1バレル=58ドル以上でないと採算が取れず、現状では石油を掘るほど赤字が積み上がるからだと、経営者は語りました。
サウジアラビアやロシアなどの産油国でつくる「OPECプラス」は、この状況に注目しています。産油国は、価格を上げる「減産戦略」と、価格を下げてシェアを奪う「増産戦略」を使い分けてきました。サウジの採掘コストは1バレル=数ドル、ロシアも1バレル=10数ドルと言われ、いくらでも価格競争に耐えられます。
増産して価格を下げ、米国のシェール業界に立ち直れないほどの打撃を与えてから、減産戦略で価格を上昇させる作戦も、十分に考えられます。
トランプ氏はマドゥロ大統領夫妻の拉致に成功し、舞い上がっていますが、ほんとうに成功したと言えるかどうかは、まだ分かりません。(グラフは山本隆三氏、写真はZero Hedge、サイト管理人・清水建宇)
